当たり前を壊すのは意外と大変

子育ての悩みの背景にあった「こうあるべき」という前提に気づき、当たり前を見直すことの難しさと大切さについて考えたエッセイ 人生再設計

―― 第六章 ④ ――

子育てをしていると、

よく悩む。

でも最近、

ひとつ気づいたことがある。

悩んでいるときって、

だいたい頭の中に

「こうあるべき」

がある。

母なんだから。

普通はこうする。

ちゃんとしなきゃ。

でも、

よく考えてみると

それが本当に

正しいのか分からないことも多い。

昔は、

子どもをある程度

型にはめればよかったのかもしれない。

みんなが同じようにできること。

我慢すること。

空気を読むこと。

ちゃんとすること。

そういう力が

大事にされていた時代だった。

でも今は違う。

個性を伸ばす時代。

「こうあるべき」よりも、

この子はどんな子なのか。

その子の特性に

向き合うことが

求められている。

でも正直に言うと、

思うことがある。

今の時代の子育てって、

すごく難しくなったんじゃないか。

型にはめればいい

わけではない。

でも、

正解も分からない。

だからときどき、

すごく焦る。

ちゃんとできているんだろうか。

この子に合った関わり方を

できているんだろうか。

そんな気持ちが

どこかにある。

そして気づいた。

私は、

考えているつもりで

実は

考えていなかったのかもしれない。

なぜなら

前提がいつも決まっていたからだ。

母なんだからこうする。

普通はこうする。

その枠の中で

答えを探していた。

でもあるとき、

一度それを

全部横に置いてみた。

母だから、を外す。

普通は、も外す。

ありきたりな正解も、

いったん外す。

すると不思議なことに、

やっと自分の感覚で

考えられるようになった。

でもここまで来るのが、

意外と大変だった。

当たり前って、

思っている以上に

深く染み込んでいる。

壊しているつもりでも、

まだ残っている。

気づくたびに

少しずつ外していく。

そうやってやっと、

真っさらな状態で

考えられるようになる。

当たり前を壊すのは、

意外と大変だ。

でも、

前提を外してみると、

少しだけ肩の力が抜ける。

正解を探す子育てから、

少しだけ自由になる。

そういえば、

上の子に

「自由にのびのび育ってほしい」

そんな願いを込めて

名前をつけたんだった。

その名前をつけたのは、

私たちだった。

だからきっと、

私ももう少し

自由でいいのかもしれない。

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