「ママがいい」が重なる、その日のこと

子どもたちの「ママがいい」が重なる休日を通して、家族の役割や関係性について考えた記事 人生再設計

―― 第五章 ⑤ ――  

休日、家族で出かけようとすると、

だいたいこうなる。

上の子が言う。

「ママと手つなぐー!」

するとすぐ、

下の子も言う。

「ぼくもママ!」

ママの取り合いだ。

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パパが

「じゃあどっちかパパと行こうか」

と手を出す。

でも、

「やだー!」

あっさり断られる。

パパは

「はぁ、やりづらいな…」

と少し不機嫌になる。

本当は、

私の負担を減らそうとして

手を出してくれているのも分かる。

だから私は、

少し気まずい。

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でもその日、

子どもたちは

ママを選ぶ。

上の子がママの手を握る。

すると、

下の子もつられて

ママに来る。

結局私は、

下の子を抱っこして

上の子と手をつないで歩く。

正直、疲れる。

でも、

まあしょうがないか、

とも思う。

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そのとき、ふと思った。

これ、

何か悪いんだろうか。

子どもがママと言うのも普通だし、

パパが手を出すのも普通だし、

パパが断られて

私に全員たかってくるのも、

まあ普通?

つまりこれは、

誰かの能力の問題じゃなくて、

ただの

家族の構造

なのかもしれない。

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家族の役割って、

話し合いで決まるわけじゃない。

その場の状況とか、

子どもの気分とか、

安心したい気持ちとか。

そういう小さな力が重なって、

その瞬間の役割が

なんとなく決まる。

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「ママがいい!」

と人気者になると、

なんとなく

ママの方が

うまくやれているから

のような気がする。

でも、

たぶん

そういう話でもない。

ただその瞬間、

子どもが

ママの方に流れただけ。

それだけのこと

なのかもしれない。

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前は、

家族で出かけること自体が

とても大変だった。

近場でも大変だし、

外食なんて

ほぼ無理。

平日はなんとかやりくりして、

やっと土日が来たと思ったら

「土日、何しよう…」

と考えること自体が

苦痛だった。

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でも最近、

少しだけ変わった。

土日が来るのが、

前より楽しみになっている。

「どこ行こうかな」

とか、

「旅行も挑戦してみたいな」

とか。

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もしグダグダになったとしても、

それも良い思い出だと

今なら思える気がしている。

前よりほんの少しだけ、

家族で出かけることを

楽しめるようになった。

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