―― 第七章 ⑥ ――
母になってから、
ずっと思っていたことがあった。
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私は、
母になるべき人じゃなかった。
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周りはみんな、
当たり前のようにやっているのに、
自分にはできない。
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イライラして、
余裕がなくて、
子育てを楽しいなんて全然思えなくて、
子どもに優しくできない日もたくさんあった。
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子育てが向いていないんだと、
何度も思った。
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あの頃は、
どこかでずっと不安だった。
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このまま、この先もずっと
うまくやれないままなんじゃないかと。
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仕事をしていたときは、
もっと余裕がなかった。
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仕事は大好きだったけれど、
限られた時間の中で結果を出すこと。
子育ても、
仕事も、
どちらも中途半端になっているのが
私にはしんどかった。
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でも今思えば、
どこまでやるのか、
どこでやめるのか、
自分でちゃんと決められていなかった。
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だから、
崩れた。
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今は仕事を辞めた事に
やっと納得出来てきている。
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最近は、
少しだけ落ち着いてきたのかもしれない。
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自分が変わったことで、
子どもたちとの関係も、
少し変わった気がしている。
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正直、
子どもたちにとって大事な時期に
長く足踏みしすぎてしまったような、
そんな感覚がずっとあった。
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あの時間は、
もう取り戻せない。
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そう思うと、
焦りや不安
罪悪感でいっぱいだった。
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今でも、
過去を思い出して、
苦しくなることはある。
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もし時間が戻るなら、
やり直させてほしいと
思ってしまう日もある。
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でも、
それでもいいのかもしれないと、
思えるようになってきた。
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しんどい時間でもあったけれど、
私の人生の中で、
必要な時間だったのかもしれない。
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母になって崩れたことで、
私は初めて、
自分を苦しめていたものの正体に気づいた。
それは、
会社でも、
子どもでもなく、
“過去に作られた自分”だった。
子どもたちを育てる中で、
気づけば私は、
自分と向き合うことになっていた。
私はずっと、
結果でしか自分を評価できなかった。
でも今は、
過程を見つめ直すことで、
少しずつ
自分を取り戻している。
どん底だと思っていた出来事が
ただの苦しい記憶ではなく、
私の人生の意味に
少しずつ変わっていった。
子どもがいると、
私の人生は後回しになる。
母になったんだから当たり前のこと。
ずっと、
そう思っていた。
それでも、子どもたちが生まれてから、
「私ってなんだろう」と
私はずっと考えていた。
でも今は、
少しだけ違うふうに思っている。
子どもを大切に思うのと同じくらい、
これからは自分の人生も大切にしたい。
楽しそうに笑って過ごす母の姿を、
家族に見せていきたい。
「我慢する人」じゃなくて、
「人生を楽しむ人」として。
迷うことも、
きっとこれからも、
まだたくさんあると思う。
それでも、
うまくできるかどうかじゃなくて、
私がどうありたいかで、
選んでいきたいと思っている。
自分で選ぶ人生を、もう一度。
私は、
私の人生を歩いている。
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