―― 第一章 ⑤ ――
退職金が振り込まれた日、
私は少しだけぼんやりしていた。
10年分の時間が、
数字になって口座に入った。
嬉しいのか、寂しいのか。
誇らしいのか、不安なのか。
うまく言葉にできないまま、
私はジュエリーをふたつ選んだ。
衝動ではなかった。
きっと、区切りだった。
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ひとつは、
ポメラートのヌードクラシックリング。
スカイブルートパーズ。
私は青が好きだ。
10年勤めた会社のカラーも、青だった。
ブルートパーズの石言葉は
「誠実さ」「知性」。
銀行員として、
誠実に向き合ってきた時間。
迷いながらも、
学びながらも、
逃げずに積み重ねてきた日々。
退職は、敗北じゃない。
あの10年は、
確かに私の誇りだった。
だから私は、
その誠実さを手放さないために
このリングを選んだ。
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そしてもうひとつ。
ショーメのビードゥ・ショーメ。
WGのダイヤフープピアス。
蜂のモチーフ。
勤勉さ。
協調。
生命力。
小さな努力の積み重ね。
家族や共同体。
蜂は、一匹では生きていない。
でも、一匹一匹が
確かに役割を持っている。
私はずっと、
誰かのために動く側だった。
母として。
部下として。
同僚として。
その中で、
自分の光を見失いかけたこともあった。
ビードゥ・ショーメは、
一人で強く輝くためのジュエリーではない。
誰かのために動きながら、
それでも自分を失わない人のためのもの。
そう知ったとき、
いまの私にぴったりだと思った。
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リングは、意味を込めて選んだ。
ピアスは、直感で選んだ。
でも今思えば、
どちらも同じだった。
私は、
これからも小さな積み重ねで生きていく。
母であることも。
働くことも。
私であることも。
退職金で迎えたジュエリーは、
贅沢ではない。
終わりと始まりのあいだで、
私が自分に贈った証だ。
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