―― 第五章 ① ――
私はたぶん、
子育てに向いていない。
今でも、週4くらいは思う。
「やっぱり向いていないな」
って。
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子どもと楽しそうに遊ぶ母。
公園で全力で走ったり、
テンション高く一緒にふざけたり。
そういうお母さんを見ると、
すごいなと思う。
私は、あまりできない。
もちろん子どもは可愛い。
大事だし、守りたい。
でも、
子どもと同じテンションで
ずっと楽しそうにするのは、
正直ちょっと苦手だ。
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一時期、悩んだことがある。
どこまで
子どもと同じくらい砕けたらいいんだろう。
もっとテンション高く
一緒にふざけた方がいいのかな。
考えたり、試したり、
いろいろやってみた。
でも、
今から自分のキャラ変をするのは
正直きついと思った。
子どもの前で演技するのも、
私にはできなかった。
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この悩みを、
地元の親友3人で集まったときに話した。
すると、
元保育士の親友が言ってくれた。
「保育園にだって、
いろんなキャラの先生がいるんだよ」
「それぞれ得意、不得意がある」
「だから、そのままでいいんだよ」
保育士さんだって、
親だって人間だ。
いろいろな人がいて当然だった。
そんな当たり前のことに、
ようやく気づけた。
救われた気がした。
心が少し軽くなった。
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でも同時に、
自分が本当に楽しいと思えていないと、
その空気は
たぶん子どもにも伝わっているな、
ということにも気づいていた。
だから、
無理に「楽しそうな母」を
演じるのはやめることにした。
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そして最近、
子育てを
ずっと心の底から楽しむなんて、
たぶん
無理なんじゃないか。
と思っている。
だから私は、
考え方を少し変えた。
子どもたちと一緒に、
私も心から楽しいと思える瞬間を
少しずつ見つけて、
少しずつ増やしていけたら、
それでいいんじゃないかと思うようになった。
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例えば最近、
我が家で
ある会議が
開かれている。
ほんの少しだけ
子育てが面白くなった気がする。
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私は今でも、
何度も思う。
「やっぱり子育て向いていないな」
でも、
向いていないなりに
今日もなんとか母をやっている。
たまに、
心の中で
小さく舌打ちもしながら。
それでも気づけば、
今日もまた
子どもたちと
一日を過ごしている。
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