―― 第七章 ① ――
私は、
母として子どもに向き合おうとした結果、
自分の過去と出会ってしまった。
そして気づいた。
子育てが、
二重にしんどかったことに。
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初めての子育て。
それだけでも
十分大変なのに、
私は同時に、
自分の過去とも向き合うことになった。
子どもと向き合うたびに、
自分が子どもだった頃の記憶がよみがえる。
私は、
子育てと、
過去の整理を、
同時にしていた。
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アダルトチルドレンという言葉を知ってから、
自分も同じような関わり方を、
子どもにしてしまうんじゃないか、
無意識に
繰り返してしまっているんじゃないか、
そんな恐怖を
強く感じるようになった。
そして同時に、
もう一つの恐怖があった。
いつか子どもが大きくなったときに、
「お母さんのせいで」
と責められてしまう日が来るんじゃないか、
という恐怖だった。
子どもと本当にちゃんと向き合えているのか、
自分の子育てに自信が持てていなかったから、
余計に強くそう思った。
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私は一度だけ、
母に
ちゃんと話したことがある。
その前に、
一つだけはっきりしていることがある。
育ててくれたことには、
本当に感謝している。
経済的に困窮していたわけでも、
虐待を受けていたわけでもない。
それでも、
私の中には、
ずっと残っているものがあった。
自分が子どもの頃に
苦しかったこと。
どうしてほしかったのか。
全部ではないけれど、
思っていたことを伝えた。
そのとき母は、
それを受け止めて、
私に謝ってくれた。
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でも正直に言うと、
そのときの私は
許せないと思っていた。
謝ってもらったからといって、
何十年分の気持ちが
すぐに変わるわけではない。
むしろ、
この先ずっと、
許せないまま
この思いを背負っていくのかもしれない。
そう思っていた。
私は、ずっと親に完璧を求められていた。
だから、この時は、
親が完璧じゃないことも許せなくなっていた。
同時に、
そんな気持ちもあったのだと思う。
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でも、
その頃の私は、
「これは連鎖なんだ」
と考えるようになっていた。
親が私にできなかったことは、
親も、
そのまた親に、
同じようにしてもらえなかったのかもしれない。
そんなふうに考えるようになってから、
家族や友人のことも、
「どうしてこういう人なんだろう」
と、
その人の過去を
考えるようになった。
生い立ちまで辿って、
理由を探そうとしていた。
でも、
そうやって辿っていくと、
どこまでも続いていくような気がして、
考えすぎて、
苦しくなってしまった時期があった。
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子育てが分からない、
というより、
自分は、
子育てを“分かるように育ててもらってこなかった”のかもしれない。
そんなふうに、
思ってしまっていたこともあった。
そういう思いがずっと捨てきれず、
自分の子育てに
余計に自信が持てなかった。
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でもあるとき、
連鎖をどれだけ辿っても、
過去をどれだけ分析しても、
それだけでは
何も変わらないのかもしれない、
と、少しずつだけれど
やっとそう思えてきた。
だから私は、
一度、
過去を辿るのをやめて、
今をちゃんと見ようと思った。
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そして今、
自分の心も回復してきて、
少しだけ
見え方が変わってきた。
私は親になった。
だからこそ、
あのときの親にも、
きっと葛藤があったんだろうな、
と思うことがある。
時代も変わったんだ
と改めて気づいた。
子育てをしながら
生活を回していくことは、
本当に大変なことだと思う。
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もちろん、
だからといって、
全部が正しかったとは思えない。
でも、
少しだけなら、
気持ちを理解できる部分もあるかもしれない。
そう思えるようになってきた。
⸻
少し前の私は、
子どもに将来、
責められてしまう未来が
怖くてたまらなかった。
でも今は、
少し自信を持って、
こう思っている。
親も人間だから
完璧じゃない。
完璧な親なんて
多分存在しないのかもしれない。
もしこれから、
私が子ども達に責められてしまうような
ダメな部分があったとしても、
ちゃんと謝って、
また一緒に考えて、
そのときに、
もう一度向き合えばいい。
子どもが大きくなってからでも。
何歳になってからでも。
私の母が、
私にしてくれたように。
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