ピアノの宿題をやらなかった日

「ピアノの宿題をやらなかった日」というタイトル画像。娘のピアノ練習をめぐり、親が評価者にならず、好きな気持ちを大切にすることについて考えたエッセイ。 エッセイ

上の子は、ピアノを習っている。

始めてから、ちょうど1年くらい。

でも最近、宿題をやらなくなった。

どう声をかけたらいいのか、

ずっと悩んでいた。

娘は言う。

「ピアノは好き」

「先生も好き」

「でも宿題は嫌」

その言葉を聞いて、

私はまず、

ピアノが嫌いになってなくてよかった

と思った。

実はこの1年、

私はけっこう宿題や練習のことで

ガミガミ言ってしまっていた。

「練習しないとピアノ行けないよ」

なんて、圧をかけたこともある。

だからこそ、

嫌いになっていなくてよかったと

心から思った。

私は子どもの頃、

ピアノが得意だった。

中学校3年間

合唱コンクールの伴奏も務めるくらい

自信もあった。

でも、

好きではなかった。

練習を強制されていたからだ。

だから、

娘には

同じ気持ちになってほしくなかった。

ピアノを始めたきっかけは、

少し変わっている。

当時の私は、

土日に出かける気力がなかった。

子どもと何をして過ごせばいいのか

考えることすら苦痛だった。

だから夫と話した。

「何か習い事をして、

イベントを増やすのはどうかな」

ちょうど年少になった頃でもあり、

習い事のことも少し気になっていた。

私も夫もピアノを習っていたので、

無難にいいんじゃないかという話になった。

何ヶ所か見学に行って、

娘が

「やりたい!」

と言ったので、始めた。

でも実際に始めてみると、

思っていたより大変だった。

宿題をやらせるストレス。

練習させるストレス。

いつの間にか、

親にとっては

小さな苦行になっていた。

レッスン中も、

集中力が切れて

お決まりのおふざけが始まる。

後ろで見ている私は

イライラしてくる。

そのうち、

レッスンに行くこと自体が

少ししんどくなっていた。

娘は、

ふざけながら

ときどき後ろを振り向く。

そして、

私の顔を見る。

私は気づいていた。

私は、

評価者になってしまっている。

上手になってほしいわけじゃない。

最後までちゃんとできなくてもいい。

そう思っているはずなのに、

娘がこちらを振り向いたとき、

どんな表情をすればいいのか

どんな言葉をかければいいのか

分からなくなる。

私はふと思った。

娘が、

宿題をやらずにレッスンへ行って、
自分で何かを感じる経験があっても
いいのかもしれない。

でも同時に、

先生はどう思うんだろう?

とも思った。

先生という相手がいるから、

私の判断だけで

「宿題やらなくてもいい」と

決めてしまうのも違う気がした。

だから、

正直に先生に聞いてみた。

先生は言った。

宿題ができない子も、

たくさんいる。

家では遊びたくて

弾けない子もいる。

だから、

まったく気にしなくて大丈夫。

ただ、

家でも復習してくれた方が

伸びるとは思う。

そんなふうに、

優しく言ってくれた。

先生に話したことで、

私の心は少し軽くなった。

そして私は、

前にも感じたことを思い出した。

昔は、

宿題をしないことって

こんなふうに

許されていただろうか。

子育ての考え方は、

やっぱり少しずつ変わってきている。

昔は当たり前だったことが、

今は少し違う形になっているんだと

改めて思った。

だから私は、

また少し肩の力を抜くことにした。

ピアノが好き。

ピアノを楽しむ気持ちを大切にする。

今はそれで、十分なのかもしれない。

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